ぶたのひとり言

趣味のことなどいろいろ書いたりです。 この日記も整理中なので内容とか表現を変えるかもです。

地震が起きたとき

今、短期派遣でやってる仕事はパソコンを使う単純作業で
毎日ひどく眠くなるのでしたが、この日も昼休み近所の
酒屋で買ってきたココナッツジュースを飲みながら、
午後の眠気と戦っていました。


そんな時、15時前頃にビルが揺れました。
揺れは何度も起きて、11階はかなり揺れましたが、
恐怖心より、何度も揺れるのが気持ち悪かったのと、
どこかで大きな地震が起きているのかもと思いました。
ネットで確認すると、東京は震度は5で震源は東北の方でした。
千葉の実家の方は震度6弱とあったので慌てて携帯を
かけに部屋の外に出ましたが、すでにつながらない状態でした。


会社の中はものが落ちたわけでもなく、
避難するかどうかといった感じでした。
実家の方が気になって仕方なくて、連絡をとりたくて仕方が
なかったのですが、ソフトバンクはまったくつながりませんでした。
メールさえもできませんでした。


ビルの窓から遠くに煙があがっているのが見えました。
あれはお台場のほうだね。と会社の人が言いました。
テレコムセンター駅付近のビルが火災になったそうです。


余震が続いていましたが、会社から避難指示が出て
いったん下におりました。渋谷なので、広場もなく、
(本当に東京が大地震のときはかなり危険)
避難する広場もない感じで会社の上の方の人が
点呼などとっていましたが、そのうち大丈夫だということで
みな会社にもどりました。


会社は家が気になる人は帰っていいと言ってくれて
バスの人はすぐに帰りましたが
電車がストップしてしまったのでどうにもならず、
結局定時までいて、社員の人などは電車が動かず会社にとどまって
いました。
ソフトバンクはメールができるようになりましたが。
相手側からメールが届きませんでした。
Aさんにも連絡とりたいけどとれなくて
(派遣で会社のメールもないので)
私はとりあえず退社して、お金を引き出しておこうと思い、
銀行に行った後、まず買い物して時間を潰そうと、
ドン・キ・ホーテで花粉症の薬などを買ったりしました
(この日は花粉症もひどかったので)
ドン・キ・ホーテにはテレビがあって人々が情報を得ようとニュースを
見ていました。


寒かったのでまずどこかでお茶でもしてようと思ってタリーズ
コーヒーを飲みながら、これからどうするか考えました。
とりあえずこのままでは携帯の電池がもたないなと思って、
ソフトバンクか、漫喫ならあるかなと思い
109の方のソフトバンクに行きましたが
待っている人でいっぱいでした。
漫喫ならテレビもあるし充電の機械もあるかもと思って
行きましたが、閉鎖されてました。
(最初大勢の人が押しかけるからだと思いましたが、
あとから考えたら本棚が倒れたりしたからのようです)


会社の方に小さなソフトバンクがあるのを思い出して、
そちらの方に行ってみたらどうかと思っていくと、
そんなに待ち時間なく20分ずつ充電できる
というので携帯を預けてから、会社の人がこういうときは
公衆電話のほうがつながるよと言っていたのを思い出して
セルリアンホテルなら公衆電話があるかもと思っていくと、
人が並んでいましたが、ホテルだけにきちんと椅子がおかれて
皆座って並んでいました。


帰れなくてとどまっている人たちが
ホテルの階段から床やらにすわりこんでいて
ホテル側も受け入れていました。
私もここにいることにしようと思い、
ソフトバンクで充電した電話をとりに行った後、
電話で一時間ほど並んでまっていたら、ホテルが宴会室を解放して
朝の7時半までいていいことになりました。
ホワイトボードを出して交通情報などを書いてくれました。

Aさんとはツイッターで連絡がとれて、
会社の人に車で送ってもらっているとのこと。
母とは公衆電話で連絡がとれ、無事とのことでやっと安心して
コンビニで買ってきたパンなどを食べながら、
ホテルのテレビで情報を得ていました。

実は次の日越後湯沢に温泉旅行に行くはずだったのですが、
その友達とはヤフーのメールでやり取りして
どうするか考えることになりました。
その連絡やAさんとの連絡をしていた時に
携帯の電池がなくなってしまいました。

どうしようもなく、とりあえずテレビの交通情報を見ていると、
だんだん地下鉄が動きだしました。
12時前にやっと東西線も動いたので、
ホテルを出て駅にいくと半蔵門線に人が押し寄せていました。
30分以上待ってやっと電車に乗ることができました。


電車は地元の駅までしか行かなくて、そこからは皆歩いていました。
寒いのに駅で過ごそうとしている人たちもいました。


夜中の1時半すぎ家に帰るとガスが消えて、
台所の引き出しが飛び出て、
本棚の本やらその上の飾りものなどがけっこう散乱してましたが、
なにか壊れたりということはありませんでした。
家にいたほうが怖い思いをしたとは思いますが。


Aさんの携帯に家の電話から連絡すると、結局車で動けなくなって
合流しようとセルリアンに行っていました。
ホテルではスープとか毛布を出してくれていたようです。
ごめん、Aさん。


メールで友人と連絡をとると旅行は最初は行く方向でしたが
(このときはこの地震がどれほど大きな被害か知らなかったのです!)
朝JRに行って連絡をくれるとのメールが入ってました。


Aさんが帰ってから朝4時期限のレンタルDVDを返しに行きました。